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東京地方裁判所 昭和52年(行ウ)38号 判決 1990年7月11日

原告 日本MGC協会こと 神保勉 外四九名

右原告ら訴訟代理人弁護士 竹内康二

右原告神保勉訴訟代理人その余の原告ら訴訟復代理人弁護士 小池健治

同 後藤昌次郎

同 今村嗣夫

被告 国

右代表者法務大臣 長谷川信 外五名

右被告ら訴訟代理人弁護士 齋藤健

右被告国指定代理人 小沢義彦 外六名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

被告らは、各自、原告神保勉(別紙当事者目録記載の原告1)に対し金五〇〇〇万円、同国際産業株式会社(同2)に対し金二〇〇〇万円、同ハドソン産業株式会社(同3)に対し金六〇〇万円、同有限会社鈴木製作所(同4)に対し金一〇〇万円、同株式会社東京レプリカ・コーポレーション(同5)に対し金三〇〇万円、同有限会社シーエムシー(同6)に対し金二〇〇〇万円及びその余の原告ら(同7から50まで)に対し各金二〇〇〇円並びに右の各金員に対する本件各訴状送達の日の翌日(原告1から12までの各請求との関係では、いずれも昭和五二年二月二日、その余の原告らの各請求との関係では、被告四方修については昭和五二年四月一三日、その余の被告についてはいずれも同年四月一〇日)から各支払済みに至るまで年五分の割合による各金員を支払え。

第二事案の概要

一  当事者の地位等

別紙当事者目録記載の原告1から6までは、いずれもいわゆるモデルガンを製造、販売する業者であり、その余の原告らは、いずれも右1から6までの原告らあるいはその同業者の製造、販売したモデルガンを購入し、これを所持している者である(<証拠>によると、一部の原告らに関する部分を除いて、この事実が認められる。)。

別紙当事者目録記載の被告2から6までは、いずれも昭和五二年の銃砲刀剣類所持等取締法(以下「銃刀法」という。)の改正作業あるいはそれに先立つ後記のような行政指導が行われた当時の警察庁の職員であり、被告2は長官、被告3は刑事局長、被告4は同局保安部長、被告5及び6はいずれも同部保安課長の職にあった者である(この事実は、当事者間に争いがない。)。

二  銃刀法の改正の経過等(この項の事実は、いずれも、公知の事実あるいは当事者間に争いのない事実である。)

1  銃刀法は、昭和三三年に制定された法律であり、同法によれば、特別の例外自由に該当する場合を除いては、銃砲の所持が禁止されている。

ところで、模擬銃器(モデルガン)については、当初はその所持を規制する規定がおかれていなかったが、昭和四六年の法改正により、当時多発していた模造拳銃を真正銃に見せかけて凶器として用いるといった犯罪を防止するため、外観上真正な拳銃に類似するモデルガンは、輸出目的であるときを除いて、その所持が禁止されるに至った。すなわち、銃刀法二二条の二第一項に「何人も、模造けん銃(金属で作られ、かつ、けん銃に著しく類似する形態を有する物で、総理府で定めるものをいう。)を所持してはならない。」との規定が新設されるとともに、この総理府令の定めとして、「法二二条の二第一項の模造けん銃について総理府令で定めるものは、次の各号に掲げる措置を施していないものとする。一 銃腔に相当する部分を完全に閉そくすること。二 表面(銃把に相当する部分の表面を除く。)の全体を白色又は黄色とすること。」との規定がおかれ、金属で作られ、かつ、拳銃に著しく類似する形態のモデルガンについては、右の総理府令所定の措置が施されることによって真正な拳銃と外観上明らかに区別できるものでない限り、輸出目的以外の所持が禁止されるに至ったのである。

2  更にその後、モデルガンを改造した銃砲が犯罪の用に供されるという例が増加してきたため、昭和四八年秋頃から、モデルガンが銃砲に改造されるという事態を防ぐため、警察庁内部でモデルガンに対する規制を強化するための検討作業が始められ、その結果、昭和五二年三月四日に銃刀法の改正案が国会に提出され、同法案は同年五月一九日に成立し、同年六月一日に公布された。この改正法では、「何人も、販売の目的で、模擬銃器(金属で作られ、かつ、けん銃、小銃、機関銃又は猟銃に類似する形態及び撃発装置に相当する装置を有する物で、銃砲に改造することが著しく困難なものとして総理府令で定めるもの以外のものをいう。)を所持してはならない。」との規定が、銃刀法二二条の三第一項に新設された。

これを受けて、警察庁で総理府令の改正案を検討した結果、同年九月一〇日、総理府令の改正が行われた。この改正後の総理府令では、模擬銃器の形態による区分に応じて、銃砲に改造することが著しく困難なものに該当するための構造等の内容が具体的に規定され(銃砲刀剣類所持等取締法施行規則(以下「規則」という。)一七条の三第一項、別表第二)、この定めに該当しない構造の模擬銃器については、これを販売の目的で所持することが禁止されることとなった。

三  本事件の争点

本事件の争点は、この昭和五二年の銃刀法の改正あるいはその前段階で行われた警察庁による行政指導の過程に、原告らに対する関係で、被告国の国家賠償責任あるいはその他の被告らの損害賠償責任を生じさせるような違法事由があったといえるか否かの点にあり、当事者双方は、この点について次のような主張をしている。

1  原告らの主張

(一) 昭和五二年の銃刀法の改正に先立って、警察庁では、昭和四九年夏頃から、モデルガン製造業界に働きかけ、業界の自主規制によってモデルガンの製造工法に種々の工夫を加えるという方法で、モデルガンが銃砲に改造されるという事態を防止するよう行政指導を行ってきており、右の自主規制が実現した場合には法改正の必要がなくなるものと明言していた。

ところが、右の業界に対する行政指導は、真実は早晩法改正による規制を行う意図を有していたのに、これを秘して、業界関係者らに対し、モデルガンの規制が終始専ら行政指導に基づく業界の自主規制の方法のみによって行われるものと誤信させるような仕方で行われ、その結果、モデルガンの製造販売業である原告らに対して、本来無用な研究開発費等の出損を強いる結果となったものであるから、欺罔的な行政指導であって、違法なものである。

仮に右の行政指導が行われる時点で警察庁関係者に法改正の意図がなかったとしても、右の法改正の時点では、すでにモデルガンの規制を行政指導によって実施していくという警察庁の方針に対する信頼関係がモデルガンの製造販売業者である原告らとの間に成立し、現に業界では、この方針にそって、多大の研究開発費を投じて、警察庁側との綿密な連絡、協力のもとに、各モデルガンの形態ごとに銃砲への改造を不能とするような工法を完成させ、この工法にそった製品のみを製造販売するようになっていた。ところが、この法改正は、このような原告らとの間での信頼関係を合理的な理由もなしに一方的に破る形で、しかも、これによって原告らが被ることとなる損害を補償するといった措置を講ずることもないまま、それまでの行政指導の方針を撤回することによってなされたものであり、このような行政指導の撤回は、信義則あるいは禁反言の法理に反するものであり、違法なものというべきである。

(二) 右の昭和五二年の法改正によるモデルガンの製造販売の規制は、モデルガンの製造販売業者である原告らの憲法二二条一項に保障された職業選択の自由を侵し、また、モデルガン愛好者であるその他の原告らの憲法一三条に保障された幸福追求権の一内容としての「あそびの自由」を侵すものであり、しかも、その規制の内容は、憲法上許容される必要かつ合理的な規制の限界を超えたものであるから、憲法に違反する違憲、違法なものというべきである。したがって、警察庁職員たる被告らが行った右の法改正のための法案等の立案作業もまた、違憲、違法な行為といわなければならない。

(三) これらの被告らによる違法な行政指導、行政指導の撤回あるいは法案立案作業、更には国会による憲法違反の立法によって、モデルガンの製造販売業者である原告らは、製造販売が禁止されることとなった形態のモデルガン製造用の金型や部品等が無駄になったこと等による損害として、別表記載のとおりの各損害を被り、また、モデルガン愛好者であるその余の原告らは、一人当たり二〇〇〇円を下らない金額に相当する精神的損害を被った。

被告国は、国家賠償法一条により、その他の被告は、いずれも民法七〇九条及び七一九条により、原告らの被った右の損害を賠償する責任を負うものというべきである。

2被告らの主張

(一) 原告らの被告2から6までに対する請求については、国家賠償責任は専ら国が負うものであって、公務員個人がその責任を負うものではないから、その請求は失当である。

(二) 昭和五二年の銃刀法の改正は、モデルガンを改造した銃砲を使用した犯罪が多発するようになったことから、これを防止するために行われたものであり、その規制の内容も、右の目的達成のために必要な限度の合理的なものである。

(三) 警察庁では、それまで業界の自主規制によるモデルガンの銃砲への改造防止の可能性を見守っていたが、その効果がなかったことから、右のような法改正による規制に着手するに至ったものであり、その過程で、なんら信義則等に反するような違法な事態はなかった。

第三争点に対する判断

一  原告らの被告2から6までに対する各請求について

原告らの被告2から6までに対する各請求は、国の公務員である同被告らがその職務を行うについて違法行為を行ったとして、同被告らに対して、不法行為による損害の賠償を求めるものである。

しかしながら、国の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、専ら国がこれを賠償する責に任ずるのであって、公務員個人がその責任を負うものではないから、原告らの被告2から6までに対する各請求は、いずれも失当なものというべきである。

二  原告らの被告国に対する請求について

1  昭和五二年の銃刀法の改正の背景となった事実関係について

(一) 昭和五二年の銃刀法の改正に先立って、それが原告らの主張するような法改正の圧力を背景とした警察庁によるある種の強制力を伴った行政指導に該当するものであったか否かはともかくとして、警察庁の助言、指導のもとに、モデルガン製造業界で、モデルガンが銃砲に改造されるという事態を防止するための製造工法の開発等の自主規制が行われていたことは、当事者間に争いがないところである。ところで、本来相手方の任意による同意又は協力を前提として行われる事実行為たる行政指導が、どのような場合に国家賠償の対象となる公務員の公権力の行使行為に該当することとなるかは、困難な問題である。しかし、本件では、いずれにしても、この間の事実関係がどのようなものであったかが、昭和五二年の法改正によるモデルガンの規制の合理性の有無の判断自体にも密接に関連してくる面があるので、まず、この点に関する事実関係について検討を加えておくこととする。

(二) <証拠>によれば、この点に関する事実関係は、概ね次のようなものであったことが認めらる。

(1)  昭和四六年の法改正後、暴力団による殺傷事件等にモデルガンを改造した銃器が凶器として使用される例が多くなり、同四八年から四九年にかけて、公安委員会の連絡協議会や都道府県議長会等の場でも、モデルガンの改造対策を内容とする銃刀法改正の必要があるとの意見が出されるようになった。そのため、警察庁においても、同四八年一〇月頃から、法改正のための検討作業を開始するに至った。そして、右の検討作業の過程では、モデルガンの引き金及び撃鉄の部分を固定化してしまい、また、モデルガンの主要部分に金属を使用することを禁止してプラスチックを使用させるといった案が出されるようになっていた。<証拠>

(2)  このような警察庁側の動きに対して、昭和四八年秋以降、モデルガンの製造販売業者や玩具業者の団体等から、繰り返し反対の陳情等が行われるようになった。その内容は、業界に経済的打撃を与えることとなる前記のような案によるモデルガンの規制を行わないことを求めるとともに、モデルガンの製造業者の側で、銃身や薬室内に鋼材を鋳込む「インサート」工法を採用することによって、モデルガンが銃砲に改造されることを防止できるのであるから、銃刀法の改正という規制方法をとるまでの必要はないというものであった。この問題を所管していた警察庁刑事局保安部保安課でも、昭和四九年夏頃には、業界の自主規制によるモデルガンの銃砲への改造不能工法の採用によって犯罪を防止することが可能なものであれば、法改正による規制を行う必要はないものと考えるようになり、業界に対して、銃砲に改造することが不能な措置を講じたモデルガンの製法を開発し、市場に出回るモデルガンがみなそのような製法によって製造されることとなる態勢を整備するようにとの、指導、要請を行うに至った。<証拠>

(3)  警察庁側からの右のような指導、要請を受けて、モデルガン製造業界では、そのような業界の自主規制を実施するための団体として、昭和四九年一二月二六日に「日本モデルガン製造協同組合」(以下「組合」という。)を発足させ、以後、組合において、警察庁と緊密な連絡を取りながら、各モデルガンの形態ごとに、モデルガンが銃砲に改造されることを不能にするための工法の詳細かつ具体的な基準を研究、策定し、組合の策定した右のような安全基準に合致するモデルガンにSM(セーフティ・モデルガン)のマークを付し、組合員である業者は、このマークを付したモデルガンのみを製造、販売するという態勢を作り上げることとなった。その間、警察庁の側でも、組合との間で絶えず連絡を取りながら、右の安全基準を策定する作業に関わりをもち、組合側から提出されてくる各モデルガンの形態ごとの安全基準案について、科学警察研究所の手による検査等を行ったうえでその安全性の有無を確認し、問題がある場合には、更に組合に対して再検討を求めるといった措置を講じてきた。その結果、昭和五〇年一一月頃には、組合を通じた自主規制の方法によるモデルガンの銃砲への改造防止の態勢が一応完成されることとなった。<証拠>

(4)  ところで、右のような自主規制態勢確立後の銃砲の不法所持事犯の発生状況等をみると、昭和五一年度においては、改造モデルガンの押収件数は、それまでの増加傾向から横這いあるいは減少傾向に転じ、業界による自主規制の方法にある程度の効果があることが認められるかのような状況になっていた。しかしながら、昭和五一年一月頃からは、右のSMマーク付のモデルガンを改造した拳銃が押収されるといった例がみられるようになり、同年六月までの間だけでも、その種の改造拳銃の押収件数が合計で一〇丁を数えるようになった。

このような動きに対しては、組合の側でも、警察庁と前同様の連絡を取りながら、新たな改造防止のための工法の基準等を検討し、従前の安全基準に代る新たな安全基準を策定するといった努力を行うに至っていた。しかし、もともと、SMマーク付モデルガンの改造防止工法は、モデルガンの銃腔部分にドリルで孔を空けるという改造方法を想定して、ドリルでは掘削できないような硬い鋼材(インサート)を銃腔部に鋳込むという手法を中心とするものであったが、新しく発見された改造拳銃は、モデルガンの銃身をその付け根部分から切断し、インサートを叩き出して、これに鉄パイプ等を用いた別の銃身を取りつけるといった方法によって改造されているため、右のような改造防止方法のみによっては改造を防ぐことが難しいという面があった。しかも、組合員である業者の中にも、右のSM基準に合致しないモデルガンを製造、販売する者があり、また、組合が中小企業組合法によって設立された協同組合であって、モデルガン製造販売に関係する業者の全てがそこへの加入を義務づけられているわけではないことから、組合未加入の業者等が銃砲への改造可能なような形態のモデルガンを製造、販売するという事態が現実に生じていたのに、組合の方でそのような動きを規制することができず、そのため、右の組合による自主規制の方法だけでは、モデルガンが銃砲に改造されるという事態を的確に防止し難いような状況が存在していた。<証拠>

(5)  このような状況のもとで、国会の場においても、モデルガンの規制を業界の自主規制のみに任せるのではなく、何らかの法規制によることを検討すべきであるとの意見が出されるようになり、警察庁においても、銃刀法の改正による法規制によってモデルガンの改造による犯罪の発生を防止する必要があるものと判断するに至った。そこで、昭和五一年秋頃から、そのための改正法案の立案作業が開始され、同五二年二月一五日の閣議決定を経て、同年三月四日に銃刀法の改正案が国会に提出され、右法案は、同年五月一九日に国会で可決されて成立し、同年六月一日に改正法が公布された。次いで、この改正法に基づく改正規則が同年九月一〇日に公布され、これらの改正規定は、同年一二月一日から施行された。この改正規則では、販売目的での所持が許される模擬銃器の範囲は、銃身、機関部体等に相当する部分が一定の硬度以下の金属で作られているもので、銃身の基部及び弾倉の内部にインサートが鋳込まれている等の改造防止策が施されているもの等に限定されることとなった。<証拠>

2  行政指導及びその撤回の適否について

(一) 右1に見たような事実関係からすれば、モデルガン製造業者等に対して行われた警察庁側によるこのような指導、要請等を内容とするいわゆる行政指導は、業界の自主規制によって改造銃器による犯罪の発生を防止できるものであれば、それによって法改正の必要はなくなるものとして、その成り行きと効果を見守っていくという形で行われたものと認めることができ、また、その後のこの行政指導に関する方針の撤回は、業界の自主規制という方法によるのでは、改造銃器による犯罪の発生を防止するという行政目的が必ずしも十分には達成できないと考えられるような事態が生じてきたことから行われたものと認めることができる。

そうすると、これらの行為が、仮に原告らの主張するように、国家賠償責任の発生原因となる国の公権力の行使行為に当たるものとしても、これが違法に行われたものとすることは困難である。

(二) 原告らは、右の行政指導が、警察庁側で有していた法改正による規制を行う意図をことさらに秘して欺罔的になされたものであると主張するが、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。

また、原告らは、被告の方で、右のような方針変更の一つの契機になったとする昭和五一年秋の大阪での改造拳銃による暴力団の抗争事件については、これを現実に警察庁が知るに至る前の時点で、すでに警察庁側では右のような方針変更を決定するに至っていたのであるから、右の方針変更には合理的な理由がなかったと主張する。しかし、右の大阪での事件を除外して考えてみても、なお前記のような組合による自主規制の方法だけでは改造銃器による犯罪の発生を防止し難いと認められる各種の状況が発生していたことに変りはないものというべきであるから、原告らの右の点に関する主張は失当なものという他はない。

更に、原告らは、警察庁がこのような行政指導による自主規制の方針を変更するに際しては、これによってモデルガンの製造販売業者である原告らの被る損害を補償する等の措置を講ずるべきであったと主張するが、前記認定のような事実関係からすれば、警察庁が、そのような措置を講ずることなしに、従前のような業界の自主規制によるとの方針を撤回して法改正による規制という方針に踏み切ったことについても、これを信義則等に反する違法な行為とまですることは困難なものといわなければならない。

3  法改正の内容の合理性の有無について

(一) 昭和五二年の法改正によるモデルガンの製造販売の規制が、少なくともモデルガンの製造販売業者である原告らの職業活動の自由を制限する側面をもつものであることはいうまでもない。

ところで、右のモデルガンの製造販売の規制が、モデルガンを改造した銃器による犯罪の発生を防止するという公共の福祉に適合する目的のために行われるに至ったものであることは、前記認定の事実関係からして明らかである。しかし、それが自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的、警察的な措置としても行われるものであることからすれば、この規制の合憲性が肯定されるためには、その規制の内容が規制の目的達成のために必要かつ合理的なものと認められること、すなわち、これによって生ずる原告らの職業活動に対する制約と均衡を失しない程度の規制の必要性が肯定されるとともに、その規制目的との関係からみて規制内容の合理性が肯定されることが必要なものというべきである。もっとも、右の点に関する検討と考量は、第一次的には行政府あるいは立法府の権限と責務に属することがらであるから、裁判所がその規制内容の合憲性の有無を審査するに当たっても、規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、そのための規制措置の具体的内容及びその必要性と合理性については、行政府あるいは立法府の判断がその合理的裁量の範囲内にとどまっていると考えられるかぎり、その判断を尊重すべきものであることも、当然のことといわなければならない。

以上のような考え方にたって、以下に、昭和五二年の法改正によるモデルガンの規制の合理性の有無について検討することとする。

(二) まず、右のような規制の必要性の点に関しては、当時、それまでに取られてきた業界の自主規制による方法のみでは、モデルガンが銃砲に改造されるという事態を的確に防止し難いような状況が発生していたことは、前記1(二)(4) で認定したとおりである。そうすると、これらの状況を踏まえて、改造銃器による犯罪の発生を防止し公共の安全と秩序を維持するという職責を負っている警察庁において、より的確なモデルガンの改造防止策を確立するために、何らかの法規制の方法を取る必要性があると判断したことに、違法な点があったものとすることは困難である。

現に、警察庁の側で具体的に法規制の方法を考えるようになった昭和五一年秋以降の状況をみても、昭和五一年一〇月には、大阪市内で改造拳銃を用いた暴力団の抗争、殺傷事件が発生して、これが新聞報道でも大きく取り上げられ、<証拠>、また、組合員の製造したSMマーク付きのモデルガンにも基準通りの改造防止策の施されていないものがあり、これが銃器に改造され犯罪の用に供されて押収されるといった例も、昭和五一年一一月から同五二年五月までの間で十数例を数え、またこのSMマーク付きモデルガンが銃器に改造されたものが押収されるという件数も、右の期間内で総数五十数例を数える<証拠>など、結果として右警察庁の判断が根拠のあるものであったことを裏付けるような事実が発生していることが認められるのである。

したがって、昭和五二年の法改正によるモデルガンの規制については、そのような規制の必要性が現に存在していたものと考えられる。

(三) 次に、規制の内容の合理性の有無については、規則一七条の三及び同別表第二に具体的に定められた模擬銃器を銃砲に改造することを著しく困難にするための要件等が合理的なものと考えられるか否かが重要な問題点になる。そこで、規則別表第二に掲げられた銃器の形態別の区分に応じて、原告らの指摘する問題点にそって、この規則の定めが合理的なものといえるか否かを検討することとする。

(1)  回転弾倉式拳銃に類似する形態を有する物で、銃身に相当する部分と機関部体に相当する部分とが一体として鋳造されているものについて

このタイプについては、組合の定めた安全基準は、銃身部分と弾倉部分にそれぞれインサート鋼材を鋳込むというものであった(<証拠>)が、規則による規制では、更にこれに加えて、薬室に相当する部分相互間の隔壁が切断されていることを要求している。

原告らは、このタイプのモデルガンの銃器への改造防止策としては、組合の安全基準に定められた銃身基部と弾倉部分へのインサートの鋳込みという方法で十分であり、更に薬室部分の隔壁を切断する措置を要求することは、必要最小限度の規制の範囲を超えるものであるとしている。

しかしながら、規則に右のような規制が規定された趣旨は、銃身と弾倉部分にインサートを鋳込んだだけでは、インサートを鋳込んだ部分の後部で弾倉を切断し、インサートを除去した後にパイプを薬室にはめ込むという改造方法を防ぐことができないため、このような改造をも防止するという点にあるものと認められる(<証拠>)。

そうすると、右の規則による規制には、銃器への改造を防止するというその目的からして、それなりに合理的な根拠があるものと考えられ、これを必要最小限度の規制の範囲を超えたものとすることは困難である。

(2)  回転弾倉式拳銃に類似する形態を有する物で、銃身及び機関部体に相当する部分が対称面により分解することができるものについて

このタイプについては、規則による規制では、弾倉に相当する部分の直径を三センチメートル以下に制限する等の措置が取られている。

原告らは、このタイプのモデルガンは、もともと玩具として作られたもので、全体の強度が弱く、銃器への改造が不能なものであるから、規則による規制は無用のものであるとしている。

しかしながら、確かにこのタイプのモデルガンの銃器への改造事例は少ないものの、その例は皆無ではなく、銃身に相当する部分を加工して鉄パイプ等をはめ込み、針金等で緊縛して溶融する方法によって発射機能を有するようにした例があり、規則による規制が設けられた趣旨は、このタイプのモデルガンが大型化することによって必然的に強度が増し、銃器に改造されるおそれが大きくなることを防止することにあるものと認められる(<証拠>)。

そうすると、右の規則による規制も、それなりの合理性を有するものと考えられ、これを無用の規制とまですることは困難である。

(3)  自動装てん式拳銃に類似する形態を有する物で、銃身に相当する部分と尾筒に相当する部分とが一体として鋳造されているものについて

このタイプについては、組合の定めた安全基準は、銃身の先端から薬室に接する部分までインサートを鋳込むとともに、薬室相当部分の両側に耐圧力を弱めるための溝を掘るというものであった(<証拠>)が、規則による規制では、<1>銃身部分の基部にインサートが鋳込まれ、かつ、撃針に相当する部分の先端が薬室の中心部を打撃することにならないような位置に取り付けられているか、<2>薬室部分にインサートが鋳込まれているか、のいずれかであることが要求されることとなった。

原告らは、このタイプのモデルガンについては、改造工作が困難であるため現実の改造例がなく、その改造防止策としては、組合の安全基準に定められた要件のみで十分であり、規則の規制で定められた措置は、もともと不要なものであるとしている(<証拠>)。

確かに、このタイプのモデルガンについては、銃身と尾筒が一体として鋳造されていて、改造工作が困難なこともあってか、銃器への現実の改造例は見られなかったことが認められる(<証拠>)。しかし、このタイプのモデルガンについても、改造の危険性がないわけではなく、規則に右のような規制が規定された趣旨は、一般に、モデルガンで撃針に相当する部分に設けられている発火板を取り替えて雷管を打撃することができるようにした改造例が見られたことから、薬室部分にインサートが鋳込まれていない構造の物については、発火板の位置をずらすことによって右のような方法による改造を困難にすることにあったものと認められ(<証拠>)、しかも、右の撃針に相当する部分の取り付け位置に関する規制は、このタイプのモデルガン製造工程にそれほど大幅な変更を要求することになるものとも考えられない。

そうすると、右の規則による規制にも、それなりの合理性があるものと考えられ、これを不必要な規制とまですることは困難である。

(4)  自動装てん式拳銃に類似する形態を有する物で、引き金に相当する部分とスライド又は遊底に相当する部分とが直接連動するものについて

このタイプについては、組合の定めた安全基準は、銃身部分と遊底内部にインサートを鋳込むというものであった(<証拠>)が、規則による規制では、単に銃身基部にインサートが鋳込まれていることを要求するに止っている。

原告らは、この点に関する規制は、組合の定めた安全基準によることで十分であると主張する。

しかし、この点の規則による規制は、このタイプのモデルガンが玩具独特の構造を持つものであって、銃器への改造の可能性がさほど高くないと考えられることから、むしろ組合の定めた安全基準より緩かな内容の規制を定めるに止めたものと認められる(<証拠>)から、原告らの右の主張はそれ自体失当なものというべきである。

(5)  自動装てん式拳銃に類似する形態を有する物で、銃身、機関部体及びスライドに相当する部分又は銃身、機関部体、尾筒及び遊底に相当する部分が対称面により分解することができるものについて

このタイプについても、規則による規制では、その全長を一定の長さ以下に制限する等の措置が取られた。

原告らは、この点に関する規制も無用のものであるとしているが、この規則による規制にも、それなりの合理性があるものと考えられ、これを無用の規制とまですることが困難なことは、前記(2) の場合と同様である。

(6)  自動装てん式拳銃に類似する形態を有する物で、分解することにより銃身に相当する部分を分離できるものについて

このタイプについては、組合の定めた安全基準では、銃身部分にインサートを偏芯させて鋳込むとともに、遊底の機関部内部にもインサートを鋳込み、また、遊底部分の強度を弱めるため、その内側に溝を入れるというものであった(<証拠>)。ところが、規則による規制では、このタイプのモデルガンについては有効な改造防止措置が発見できないものとして、全面的にその販売目的による所持が禁止されることとなった。

原告らは、このタイプのモデルガンについても、銃身部分に一定の硬度のインサートを鋳込み、かつ、遊底内にカッターによっては切断することのできないような硬質合金をインサートとして鋳込むことによって、銃器への改造を防止することは十分に可能であり、規則による右のような法規制は、必要とされる限度を超えたものであるとしている(<証拠>)。

しかしながら、このタイプのモデルガンは、銃身部分を分離することができるため、銃身部分を交換してしまうという改造方法は、銃身部分にインサートを鋳込むことによっても防ぐことができず、また、遊底部分に硬質合金のインサートを鋳込んでおいても、ある種の高速度カッターを用いてこれを取り去ることが可能であるから、これまた有効な改造防止策とはいい難く、しかも、現実にこのタイプのモデルガンが大量に銃器に改造されているという事実があったことが認められる。そこで、このタイプのモデルガンについては、それが撃発装置に相当する装置を有している限り、当面効果的な改造防止措置を発見できないものとして、前記のとおりの規則による規制が取られることとなったものである。(<証拠>)

右のような事実からすると、この点に関する規則による規制にも、それなりに合理的な根拠があるものと考えられ、これを必要性の認められる限度を超えた規制に当たるものとすることは困難である。

(7)  中折れ式拳銃に類似する形態を有する物について

このタイプについては、組合の採用した安全基準で、銃身に相当する部分にインサートを鋳込むこととなっていた(<証拠>)が、規則による規制では、有効な改造防止措置が見つからないものとして、全面的にその販売目的による所持が禁止されることとなった。

原告らは、このタイプのモデルガンについても、薬室相当部分に薬室全般を覆う超硬合金によるインサートを鋳込むといった方法による改造防止策が考えられるから、右の規則による規制は、その必要性の範囲を超えたものであるとしている。

しかしながら、このタイプのモデルガンは、銃身と機関部とが蝶番で中折れする構造になっており、銃身を分離することができるので、インサートが鋳込まれている銃身部をインサートの後方で切断し、薬室を利用して鉄パイプ等を用いた銃身を装着するという方法による改造例が多く見られ、原告らの主張するように薬室全般を覆うようなインサートを鋳込んでおいても、銃身の薬室部分を切断し、銃身にドリルで薬室部分を作るという改造方法を防ぐことはできないことが認められる(<証拠>)。

そうすると、この点に関する規制にも、それなりの合理的な根拠があるものと考えられ、これが必要性の認められる限度を超えた規制に当たるとすることは困難である。

(8)  小銃、機関銃又は猟銃に類似する形態を有する物で、銃身に相当する部分と機関部体に相当する部分とが一体として鋳造されているものについて

このタイプについては、組合の側ではとくに統一的な安全基準を定めていなかった(<証拠>)が、規則による規制は、薬室がある物については、銃身部分の基部にインサートを鋳込むとともに、更に、そのうち撃針に相当する部分がある物について、その部分の先端が薬室の中心部を打撃することにならないような位置に取り付けられていることを、また、撃針に相当する部分がない物について、遊底の前部に超硬合金が鋳込まれていることを、他方、薬室が設けられていないものについては、薬室に相当する部分にインサートが鋳込まれていることを、それぞれ要求するものとなっている。

原告らは、これらのいわゆる長物と呼ばれるタイプのモデルガンについては、改造例があまりないということ等から、規制の必要はないと考えられてきたものであり、右のような規則による規制も、不要なものであるとしている(<証拠>)。

しかしながら、これらいわゆる長物タイプのモデルガンは、その銃身部分を取除いて鉄パイプで作った銃身を機関部にねじ込み、また遊底頭にドリルで撃針孔を空けることによって発射機能を有するようにするといった方法で、銃器に改造することが可能であり、更に、薬室が設けられていない場合も、銃身基部に穴を空けて薬室代わりにするという改造方法があり、しかも、その改造が比較的容易であることから、効果的な改造防止措置を講ずる必要があると考えられたものであり、右の規則による規制の趣旨は、撃針に相当する部分がある物については、前記(3) の場合と同様であり、また、撃針に相当する部分がない物については、遊底部に撃針を設けられないようにするために遊底前部に超硬合金を鋳込ませ、更に、薬室のないものについては、薬室に相当する部分にインサートを鋳込むことによって、銃身基部に穴を空けて薬室代りとすることを防止することとしたものであることが認められる(<証拠>)。

そうすると、この点の規制にも、それなりの合理性があるものと考えられ、これを不要な規制とまですることは困難である。

なお、原告らは、右の規則による規制によると、銃腔部分が閉そくされることとなるため、薬室後部へ吹き出す紙火薬の燃焼ガスがモデルガンの操作をする者の顔面に吹きつけられることとなる危険があると主張する。しかし、仮にそのような危険があるとしても、その点の危険の防止は、モデルガンが銃器に改造されることを防止しようとする本件の法改正の目的とは直接には関わりのないことがらであるから、その点が右のような本規制の合理性の有無に対する判断を左右するものとはいえない。

(9)  小銃、機関銃又は猟銃に類似する形態を有する物で、分解することにより銃身に相当する部分と機関部体に相当する部分を分離できるものについて

このタイプについては、組合の方では、統一的な安全基準は定めていなかったものの、製造業者の中には、他の形態のモデルガンの安全基準に準ずるような形で、銃身部分にインサートを鋳込むという改造防止措置を施している者もあった(<証拠>)。ところが、規則による規制では、このタイプのモデルガンについては、有効な改造防止措置が発見できないものとして、全面的にその販売目的による所持が禁止されることとなった。

原告らは、このタイプのモデルガンについても、銃身部分にインサートを鋳込むということで安全構造としては十分であり、改造例もわずかであったから、規則による規制は、必要性の限度を超えたものであるとしている。

しかしながら、このタイプのモデルガンも、銃身と機関部体とが一体として鋳造されていないため、銃身基部に改造防止措置を施しても、銃身を交換してしまうという方法による改造を防止できないものと認められることは、前記(6) の場合と同様である。

そうすると、この規則による規制が必要性の認められる限度を超えた規制に当たるとすることのできないことも、前記(6) の場合と同様であるものというべきである。

(10) 右の(1) から(9) までで認定した事実からすれば、規則に定められた模擬銃器(モデルガン)を銃器に改造することを著しく困難にするための要件等は、いずれも、基本的には組合の側で定めていた安全基準を基礎とし、それに必要な修正等を加えたものであって、それなりの合理性を有しているものと考えられる。

しかも、警察庁で右の規則案を作成するに当っては、銃砲について専門的な知識を有する専門家から数回にわたって意見を聴取し、この改正案の内容はこれら専門家の意見内容を踏まえたものとなっていることが認められる(<証拠>)のであり、また、そもそもこの種の規制措置の内容の決定については、直接この問題を所管する行政部局である警察庁がその専門的な経験等に基づいて行う裁量判断が尊重されるべきこともいうまでもないところである。

そうすると、右のような規則による定めが、警察庁等に与えられた合理的な裁量権の範囲を逸脱あるいは濫用してなされた違法なものに当たるとまですることは、到底困難なものというべきである。

4  結語

結局、昭和五二年の法改正によるモデルガンの規制については、それがモデルガンを改造した銃器による犯罪の発生を防止するという公共の福祉に合致する目的のために行われたものであり、その規制の必要性及び規制内容の合理性の点でも、これを違法とすべき点は認められず、また、その前段階で行われた警察庁による行政指導の過程においても、被告国の国家賠償責任を生じさせるような違法な点があったものとは認められない。

したがって、原告らの被告国に対する各請求も、その余の点について判断するまでもなく、失当なものというべきである。

(裁判長裁判官 涌井紀夫 裁判官 市村陽典 裁判官 小林昭彦)

別表 モデルガン製造販売業者たる原告らの損害額表<省略>

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